2017年5月14日日曜日

2017/05/14 福音集会

今日のメッセージは「消え失せることのない私の宝」というテーマでした。

みなさんの宝は何ですか?
結局お金が一番頼りになる、そんな風に考えることはありませんか?
確かに財産やお金はとても大切で役に立つものです。
しかし、お金が最大の関心事になってしまうのは深刻な問題と言えるのではないでしょうか。
イエス・キリストはこんなことを言われました。

自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」マタイの福音書6章19‐21節

ここでは「富」が信頼できるものではないことを教えています。盗まれたり、傷ついたりするものだからです。
また、「富」に心が奪われれば奪われるほど、私たちは死後のことについて考えなくなると警告しています。人の存在はこの地上だけで終わるものではなく、また人のいのちは肉体のものだけではないと聖書は語るのです。

ルカの福音書12章13-21節にはイエスさまが話されたこんなたとえ話が書かれています。

「ある金持ちの畑が豊作であった。そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』」

この金持ちは真面目で勤勉に働き、多くの財産を得て成功し、浪費することなく節約し、将来の計画を賢明に立てていました。
一見とても立派な人に思えますが、なぜ神様は「愚か者」と言われたのでしょうか。
イエス様は最も大切なことは「神様を愛すること」と「隣人を愛すること」だと言われています。
この金持ちは自分自身だけのために生きていて、神様のためにも他の人のためにも生きていなかったのです。

そしてそれは実は彼自身のために賢い生き方ではありませんでした。
なぜなら彼は最も大切なものを得損なっていたからです。
彼はこの世でずっと生きていくことが当然であるかのように考え、この世の小さなものに執着していました。
尊いものは私たち自身なのであり、私たちの持ち物ではないことに気が付いていなかったのです。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。」ヨハネの福音書3章16-17節

聖書は「永遠のいのち」こそ私たちにとって消え失せることのない宝であると語ります。
どうすればその「永遠のいのち」を受けられるのでしょうか。
それは「御子を信じる」ことです。
「御子を信じる」とは①創造主である神様を信じること、②神様を無視して罪の中に生きてきたことを悔い改めること、③自分自身の代わりにキリストが死なれたことを信じることであると言えます。

ぜひイエス・キリストを信じ受け入れ、消え失せることのない宝を神様からいただきましょう!


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